バースデイ・ソングス(To Heart ss)

「遅せえなー、あかりのやつ……」

雪までもを降らせ始めた寒空の下。待ち合わせた公園のベンチに座りながら独り呟く。

寒さを凌ぐために、熱々だった缶コーヒーをカイロ代わりに使ってたのだが、気づいたらすっかり冷えちまってた。これじゃ飲めやしないのでお持ち帰り決定だ。

ベンチに座って十五分。

いつも学校の通り道に使っているだけあって公園の風景は見飽きているし、ガキんちょが遊んでるのを眺めようにもこの寒さの中で遊ぼうだなんて逞しいやつはいないし。のろのろと針を動かす時計と睨めっこするのも飽きちまった。

「はっきり言ってヒマだ……」

やはりというか独り言だ。

返答してくれるべき人材は目下ここへ向かっててけてけと歩いている、と思いたい。

クリスマスプレゼントとしてあかりに貰ったマフラーを掛けなおして、天を仰ぐ。

雪が強さを増している。





「二月二十日、金曜日―――――」

世間的には普通の日。ケの日。日常の一片。

でも、あかりにとっては特別な日だ。そして、オレにとっても例年にはない特別な想いで今日という日を迎えている。

朝。あかりと歩く学校までの坂道で何気ない会話の中に混ぜた一言。

「今日、学校が終わってからオレに付き合え」

あかりは目を丸くしてびっくりしてた。それから少し俯いて頷いていた。

まあ、本人だし何の日かなんて分かってるに決まってるけど、オレが覚えてたことに、それを告げてきたことに、おどろいたんだろうな。

そして、喜んでた、と思う。

「何の用?」なんて訊かずにただただ嬉しそうに微笑ってたしな。

あいつほどじゃないけど、オレもあかりのことはそれなりに見てたんだから、そういうのは解る。

だから―――――、

「張り切って三十分くらい前には着てそうだ、って思ったんだがな…」

公園の中央に聳え立つ時計は十七時四十六分を指している。

約束の時間まで、時計に白い電燈の光が灯るまで、あと十四分。

冬の暗がりと寒さで満ちた公園に独りぽつん、と。





暖かマフラーはくまの刺繍がちゃーむぽいんと! くまの下にまいねーむいずくま。あんさんワイのこと舐めたらあきまへんで、とある。

最初はもの凄く恥ずかしくてマフラーはそのままお蔵入りさせるつもりだったんだが、今年の冬はこれまた滅茶苦茶寒くてマフラーの一つでも引っ掛けていかないと、外に出ることなどできやしない。

「恥ずかしいなら刺繍外そうか?」

困ったような表情であかりに言われて、じゃあそうしてくれと言わないくらいにはオレも大人になった。

だから、たまに早起きした日くらいは、

「おはようございます、あかりのやつもう起きてます?」

「あら、浩之くん。おはよう。本当に早いわねぇ。まだ六時半よ。……ああ、あかりならまだ寝てると思うわ。良かったら起こしてあげて」

「構わないんですか」

「ええ、それじゃお願いね」

これくらいは赦されよう。





あかりの部屋に入るのは正式に付き合いだす少し前にあいつが風邪を引いて、オレがその見舞いに行ったあの日以来だ。

相変わらず甘ったるい少女ちっくな雰囲気な部屋だった。

椅子をベッドの横に引っ張りだしてきて覗き込む。ちょうど仰向けに寝ていてぐっすりと寝ているあかりの寝顔を見ることができた。

「しまった、カメラ持って来るんだった」

オレも詰めが甘い。確か、この部屋にもあったと思うんだが…、っと何じゃこりゃ。

くまの時計があかりの枕の近くに置かれている。腹のところが時計になっていて、何だかひどく滑稽に見えた。

こういうのを可愛いとか言い出すんだからあかりの趣味は変わってるよな。まあ、責任の半分くらいはオレにあるんだろうけど。

くま時計を手にとってジロジロ見ていると、ボイスを取り込んで目覚ましにするタイプだということが知れた。

あかりはくまってだけで買ったんだろうけど、

「声入れたのかな」

ここで鳴らすとあかりが目を覚ましそうだったので、部屋の外に出て、鳴らしてみた。

「くまーくまだよー、早く起きないと、がぶっといっちゃうよー」

…………………………………。

あかりの声だ。間違いない。

……頭痛い。





部屋に戻って椅子に座る。

ため息が出る。本当にコイツこんなので毎朝起きてるのか?

「くまーくまだよー、早く起きないと、がぶっといっちゃうよー」

試しにあかりの声をマネして言ってみた。

むっくりと身体を起こすあかり。起きるのか、これで。何というか言葉が出ない。

「あれ? 浩之ちゃん。おはようー」

「おはよ」

あかりが自分の周りをキョロキョロと見回しているのを見て、

「ほら」

くま時計を差し出す。

「あれ? 何で浩之ちゃんが?」

「少し拝借したんだ」

「そっか」

短い沈黙。

「お前良くそんなので起きれるな」

オレなら一生起きれそうにない。

「うんっ、案外と起きれるものだよ。浩之ちゃんも試してみる?」

「いらんわ」





「……あの、浩之ちゃん……」

「何だ、あかり」

あかりは掛け蒲団から上半身を出して、少し俯いた。

「そろそろね、着替えようかなって思うんだけど……」

「どーぞ」

「あ、あの、ね、恥ずかしいから、少しのあいだ外に出てて、くれないかな……」

部屋は電燈が付いていない暗がりなのだが、赤くなったあかりの顔だけはハッキリと見える。

「そういうもんか?」

「う、うん」

時々そういうレベルで済まないことを致しているわけだが、あかりの中では全くの別であるらしい。

そーいや、明るいまんまでさせてくれたのって初めての時だけだったよな。

「見たいって言ってもダメか?」

「…………」

「…………」

「…………どうしても?」

蚊の鳴くような小さな声が聞こえてきた。

「どーしても」

あかりは観念したように蒲団から全身を出して、ベッドから下りた。

奇しくもあの時と同じ、あかりが風邪を引いていたときに着ていたパジャマだった。





「…………」

あかりの手がゆっくりとボタンに伸びる。

そろそろ陽が射し込む頃合いなのか、窓ガラスを背にしたあかりはやけに神々しかった。

逆光の中であかりはやっぱり恥ずかしそうだ。

ゆっくりと、ゆっくりと第二ボタン、第三ボタン、外されていく。そして、隙間から見える肌とブラジャーが露わに――――、

「あかりー、そろそろご飯よー」

――――――――――――っ。

階下からおばさんの声が聞こえた。

その声にお互い硬直する。特にあかりは上パジャマを脱ごうかという時に声がしたため、何だかポーズをとっているようにも見えた。

「……あー、先に下りるわ」

「……うん」

少し気まずい雰囲気の、二月二十日金曜日の朝だった。





回想していて、思った。ひょっとしてこれが原因であかりのやつ怒ってる、とか。

「んなわきゃーない」

と思う。

時計を見ると、あと七分くらいで十八時になる。あかりにしてはやっぱり遅いよな。

ため息が出た。雪に負けないくらい白かった。

――――ん、

公園の入り口に人影が見えた。近づいてくる。あかりだ。

遅かったな、と言いかけて止めた。オレが、待ちきれなくて、もとい、いつもにはない殊勝な心がけにて早く到着しただけで、あかりは遅れてきたワケじゃーない。

それに今日は――――、

「はっ、はっは、はあー、……ご、ごめんなさい」

走ってきたのだろう。あかりは息を切らせながら謝ってきた。

「んー、まあ遅刻したわけじゃないしな」

「でも、浩之ちゃんずっと待っててくれたんでしょ?」

「いや、今さっき来たところだ」

「……ありがとう」

「何、笑ってんだよ」

「ふふふ」

「全く」





あかりが公園に入ってきたときにオレも立ち上がって距離を詰めたので、細長い柱に支えられた時計の下で見つめ合うことになった。

あかりはまだ肩で息をしている。

オレはマフラーを掛け直して、ついでのようにポケットから小さい包み箱を取り出した。

「ほら」

右手で差し出す。

「ありがとう」

包み箱を大事そうに両手で抱き上げたあかりは少し涙目になっていた。

「んなことで泣くな」

「えへへ……。開けていい?」

「どーぞ」

やっぱ気恥ずかしい。去年までの今日を思い浮かべると流石に飛躍しすぎだろ、とか思ってしまう。

がさごそがさごそ。包みが開けられて、ぱかっ。箱が開けられた。

そこには、

「ひ、浩之ちゃん。っっっ――――」

「お、おいおい、あかり」

あかりは包みを開けた途端に泣き出してしまった。今にも崩れ落ちそうに小さな身体を震わせて。

オレはあかりの身体をゆっくりと抱きしめる。

「だから、泣くなって」

「でも、嬉しくて――――」

オレはいつか学校の屋上で見た虹を思い出していた。あの時のあかりはただ虹が出ただけでひどく嬉しそうにしていた。あかりと付き合うやつは楽でいいよなー、とか思っていた記憶があるが、比べものにならないほどの喜びようだった。

あやすようにあかりの背中をぽんぽんと軽く叩いた。

「――――ありがとう」

「ほら、指輪貸してみ」

受け取った指輪をあかりの左手の薬指に嵌めてやる。

パチパチンという音と共に公園の時計の電燈が付いた。白い光がオレたちに降り注ぐ。

てのひらを広げてそれを受け止める。

あかりの手を掴んで、約束の言葉を、

「ハッピィー、バースデイ」





バースデイ・ソングス(To Heart ss)(了)

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